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日記、コンピュータ、備忘録、書きたいことを書きたいままに。気まぐれに更新中。

リハビリのためにエロゲをはじめた

 「一体何のリハビリだ、EDのリハビリか」と言われてしまいそうなタイトルですが、慢性的なインプット不足に対するリハビリです。

 というのも、ここ1年ほど、一般書籍、ライトノベル、アニメなどのコンテンツをインプットすることが大幅に少なくなっていました。いろいろと理由はあったと思うのですが、一番の理由は前職の仕事にあります。

 前職の仕事は神経をすり減らす作業が多く、疲弊した状態で自宅に帰ることが多くありました。私は本を読んだり、アニメを見るときに、すごく神経を使うようです。というのも、一度本を読み始めると夜通し読み通し、いろいろなことを考えながら本を読みます。アニメも同様で、何も考える必要が無いアニメは問題ありませんが、今後の展開が読めないものや、設定が練られた作品を見ていると、どうも頭のリソースが過剰に割かれるようで、コンテンツは楽しめるのですが、それなりに精神的余裕が無いと、疲れてしまい、消費を辞めてしまっていました。

 そうすると、自然に本屋に寄る機会も減り、アニメを録画することもなくなり、最近のコンテンツからはすっかり置いてけぼりを食らって、さらに消費が消極的になり……と悪循環に陥っていたわけです。

 かつては、毎週のように図書館に通い、好きな作家の小説を読んでいたのですが、今や見る影も無く。図書館に行くことすらなくなり、手に取る本は技術書とエロ本と薄い本くらいだったのではないでしょうか。

 転職をして、忙しいこともありますが、精神的な余裕が大幅に増えました。どうやら、減ってしまっていたMP(Mental Point)は回復という形にはならず、今一度レベル上げが必要なようで、少しずつ少しずつMPの上限を上げる作業が必要であると感じました。

 最近、友人に勧められて久々に文庫本を読んでいたのですが、もう読書スピードが落ちているわ、言葉の意味が分からなくなっているわ、散々な状態になっていると実感したのも、インプット不足に気がついた理由でもあります。あと、語彙力が乏しくなりました。やはり、人間、脳みそは使っていないと劣化するんだなと。

 当初はアニメを見返すかなと思ったのですが、アニメを見るよりも文字が読みたいと思い、最近Windowsのラップトップを手に入れたということもあったので、回想シーンを解放しただけで放置していたエロゲを引っ張りだし、ラップトップにインストールして、仕事中&仕事の休憩中にエロゲをやるようになりました。

 仕事中にエロゲをするってどういう状況だよと言われてしまいそうですが、こんな状況です。

 エロゲって、文字を読むことも出来ますし、読まなくてもなんとか話の内容が理解できるので、リハビリにはもってこいなんじゃないかと思います。パソコンに表示される文字を活字というのか、議論の余地はありそうですが、好きこそものの上手なれという言葉もあるように、可愛い女の子を見ながら文字が読めるエロゲは最高だなと。

 もっと言ってしまえば、リハビリとかインプット不足解消とか言わず、純粋にコンテンツを楽しめていた、あの頃の自分に戻りたいですね。

新年が明けていた

 コミケにサークル参加して、自宅に帰り、寝て起きて実家に帰って、雑煮を食べてゴロゴロしていたら、三が日が過ぎ、気がつけば正月休みも終わっていた。

 2018年は課題が多い年だったので、2019年はそれを解消していきたいなと思いつつ、そういうことはまた後ほど整理して文字にしていきたいなと思います。

 

 目下、手元に進めなければいけない仕事があるのですが、コーディングしようとしても、書こうとした内容が霧散していき、全く仕事に手がつかず、開いた時間で同人活動の方を進めていこうかなと思ってもこちらも全く手がつかず、エラいこっちゃと思いながらキーボードを叩いているわけです。

 「参ったなー」と思いながら、ああでもないこうでもないと考えても、思考が蒸発していき、ここまでキーボードを叩いて、何を書こうかと考えていた内容も蒸発しました。思考の沸点が低くなっていますね。気圧が低いのでしょうか。

 私の悪い癖で、物事を強迫的に捉える傾向があり「やらなければ」と強く考えてしまう結果、自分を追い込んでしまい、全てが進まなくなることがあります。まさに今がそんな状態で、この状態を続けていると、すぐさま精神的に参ってしまい、抑うつのような症状が現れます。長い間、自分と見つめ合っているのだから、そこら辺のことにさっさと気がつけという話です。

 おそらく、年末がいろいろと猛烈に忙しく、その辺りから歯車が上手にかみ合わなくなってしまったのか、あるいは電池が液漏れを起こした時計なのか「ぐへ~」と思いながら「は~もう疲れた~」と、103yen氏に電話をして思考の整理をするのでした。

 新年早々、人に迷惑をかけ続け、相も変わらず人格破綻者を実感しつつ、もう今日は眠ろうというムーヴメントになるのでした。

 疲れた。

私がスマホに依存する理由

 はっきりと言ってしまうと、私はスマホに依存している。暇があればスマホを触っている。一度でも素の私を見たことをある人からすれば、四六時中画面と睨めっこしている様子を見たことがあるはずだ。

 もちろん、誰かとご飯を食べている時や、話をしている時にスマホを触ることはほとんど無い。もしも触るときは「すみません」とか「ごめんなさい」と一言かけてからスマホを触る。これは仕事の連絡がSlackやChatworkで来る可能性があるため、やむを得ないものだ。問題は一人で居る時である。

 一人で居る時、基本的にスマホを触っている(上述で言う素の私というのはこの状況を指す)。それで何をしているかと言われれば、Twitterとネットサーフィンだ。特にTwitterに関しては、深夜で無ければ何らかの新しいトピックが生み出され、それを目入れられる。これが、思考からの回避に一役買っていることに気がついた。

 私は基本的に些細なことにイライラしたり、何かネガティブなことが起きると、そのことについて、思考が囚われるタイプの人間だ。何らかの出来事の後、ふと素の状態に戻ると、イライラしたりネガティブな思考に囚われてしまう。その時、スマホがあるとそこには何らかの情報があるため、気を紛らわせることができる。これが、ついついスマホを触ってしまう原因だと気がついた。

 ある意味では、ストレスや不安感を避ける方法になっているのだが、これには大きな問題がある。それは、物事を深く考えなくなることだ。

 最近、著しく思考力が落ちてしまっていることを実感している。ここで言う思考力というのは、ある事象に対して検討し結論を出すことを指す。スマホを触っていると、雑多なトピックが常に視覚情報として提供されるため、思考のフローがバイパスされる。結果として、常に目の前にある情報に満足して、その情報から何かを考えることが無くなってしまったのだ。

 おそらく、思考のフローがバイパスされる理由として、トピックのコンテンツが多方向に渡っていることだろう。かつて、読書をしながら歩くような、本の虫のような生活をしていたことがあったが、その時は今ほど思考力が落ちると思うようなことが無かった。なぜなら、本はあくまでもひとつのコンテンツを扱うものだからだ(雑誌などは例外かもしれないが、雑誌を買って読むことはほとんど無いので分からない)。

 じゃあ、スマホを触る機会を急に減らせるかと言われればそれは難しいと思う。だが、今の状況を是とできないのも事実なので、もう少しスマホとの向き合い方を考える段階に来ているのかもしれない。